東京地方裁判所 昭和40年(特わ)295号 判決 1968年10月07日
本籍並びに住居
東京都世田谷区三軒茶屋町九六番地
会社役員
平岡信生
大正一四年七月九日生
本籍
東京都文京区小石川三丁目九四番地
住居
東京都世田谷区 砧一五一番地
会社役員
三宅栄二
昭和四年七月二一日生
本籍
静岡県三島市田町五二四番地
住居
神戸市須麿区千守町一丁目三七番地
会社員
滝口譲
昭和七年四月一八日生
本籍
神戸市須麿区前池町四丁目一番地
住居
同市垂水区五色山町五丁目一の九
会社員
増田実
昭和五年三月二日生
本籍
韓国慶尚南道馬山市上南里八二番地
住居
神戸市須麿区常盤町一丁目四番地
会社役員
岡本一郎こと
洪興福
一九〇八年八月二四日生
本籍
鹿児島県姶良郡隼人町真孝八二五番地
住居
神戸市長田区大道通り二丁目一番地
会社役員
稲留耕一
大正四年一月一九日生
本籍並びに住居
神戸市長田区大塚町二丁目二番地の三
会社員
丸田俊子
明治四五年五月一六日生
本籍
東京都新宿区西落合三丁目九三六番地
住居
横浜市戸塚区上倉田字表の前四〇六 公団住宅
一六
会社員
中村秋典
昭和三年九月二〇日生
本籍
東京都渋谷区青葉町二〇番地
住居
同区神宮前五丁目三四番一七号
会社役員
伊東吾一郎
明治四一年八月一〇日生
本籍
東京都杉並区方南町五四三番地
住居
東京都江戸川区北小岩二丁目三三番八号
会社役員
岡島智康
昭和一〇年三月二〇日生
本店所在地
東京都千代田区神田小川町一丁目一一番地
株式会社 平岡
(右代表者代表取締役 大村康太郎)
右被告人平岡、同三宅、同滝口、同増田、同洪、同稲留及び同丸田に対する各詐欺、被告会社株式会社平岡被告人平岡、同伊東及び同岡島に対する各法人税法違反、被告人中村に対する加重収賄等、被告人三宅に対する贈賄各被告事件について、当裁判所は検察官水野昇出席のうえ審理を遂げ次のとおり判決する。
主文
被告人平岡信生、同三宅栄二を各懲役二年、
被告人滝口譲、同増田実を各懲役一年、
被告人洪興福、同稲留耕一を各懲役一〇月に、
被告人丸田俊子を懲役八月に
被告人中村秋典を懲役一年に、
被告会社を罰金一、〇〇〇万円に、
被告人伊東吾一郎、同岡島智康を各罰金一〇万円に、それぞれ処する。
被告人伊東、同岡島において右罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間各被告人らを労役場に留置する。
被告人平岡、同三宅につき、未決匂留日数中各二〇日を各本刑に算入する。
被告人滝口同増田、同洪、同稲留、同丸田、同中村に対し本裁判確定の日から各二年間右各本刑の執行をそれぞれ猶予する。
被告人中村から金四万円を追徴する。
訴訟費用中、証人高島定、同三浦辰己、同秀平幹雄、同関俊秋、同安川利成、同阿部孝雄、および同鳥谷部梯之助、に各支給した分は被告人平岡信生、同三宅栄二、同増田実および同滝口譲の連帯負担とし、証人杉浦重明、同西村武治、同河地勇吉、および同深田鉱太郎に各支給した分は被告会社、被告人平岡信生、同伊東吾一郎、および同岡島智康の連帯負担とし、証人石井光彌に支給した分は被告人中村秋典および同三宅栄二の連帯負担とし、証人平岡光生に支給した分は被告人平岡信生および被告会社の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告株式会社平岡は、東京都千代田区神田小川町一丁目一一番地に本店を置き電気製品、雑貨その他の輸出業を業務目的とするもの、被告人平岡信生は、同社の代表取締役としてその業務全般を統括していたもの、被告人伊東吾一郎は同社の取締役経理部長として経理事務全般を掌理していたもの、被告人三宅栄二は、昭和三四年から同三八年七月まで同社の取締役兼管理部長以降兼営業第一部長としてその営業等を担当掌理しているもの、被告人滝口譲は、同三六年一月頃から翌年六月頃までの間同社の営業第三課長として履物類の購入、輸出販売等の業務を担当していたもの、被告人増田実は、同三四年から同三八年一二月頃までの間同社の神戸営業所(神戸市生田区宮町松岡ビル内所在)に勤務し同営業所営業課長として営業全般を担当していたもの、被告人岡島智康は、同三五年五月から同三八年二月頃まで同社の経理課長としてその経理事務を担当していたもの
被告人洪興福は、神戸市須麿区常盤町一丁目四番地に本店を置き各種履物類の製造販売を営業目的とする米満化学株式会社の代表取締役としてその業務全般を統括するもの、被告人稲留耕一は、同社の専務取締役としてその営業関係を担当していたもの、被告人丸田俊子は、同社の経理事務を担当していたもの、
被告人中村秋典は、通商産業省事務官として昭和三八年七月一日から同三九年三月三一日までの間同省通商局輸出振興部輸出振興課輸出統計班輸出インボイス統計係長として輸出インボイス保管等の職務を担当していたものであるが、
第一、 被告人平岡信生、同三宅栄二、同滝口譲、同増田実は、共謀のうえ、株式会社平岡が米国向けに輸出していたレーヨン、スニーカーなどにつき、米国においていわゆるA・S・P関税が間もなく実施されることを察知し、株式会社平岡と米国商社との間にレーヨンスニーカーの輸出契約を締結したかのように装い、この架空輸出契約に関し同社と通商産業大臣との間に普通輸出保険契約を締結しておき、米国においてA・SP課税が実施された際、これに基づく関税引上を理由に米国商社より右輸出契約の取消があつて損失を破つた旨偽つて輸出保険金を騙取することを企て、先ず株式会社平岡と米国商社との間の別紙被保険輸出契約一覧表記載の架空の輸出契約六口につき、株式会社平岡名義で通商産業大臣との間に別紙普通輸出保険契約および同延長契約一覧表記載のとおり、同会社を被保険者とする各普通輸出保険契約を締結したうえ輸出未了を理由としてその保険期間の延長および保険金額変更の各契約をしたのち、昭和三六年五月一七日頃、東京都千代田区霞ヶ関三丁目一番地所在通商産業省において、同省通商局振興部長生駒勇に対し、通商産業大臣宛の「米国においてはゴム底布靴類似品(レーヨンスニーカーなど)に対しても同国内の製造業者の販売価格を基準とする関税が賦課されることになつたため前記輸出契約の未履行部分につき各外国商社から契約の取消を受けたので損失が発生した」旨の虚偽の損失発生通知書六通を提出したうえ、同年八月一八日同省において右振興部長生駒勇に対し、各架空輸出商品の供給契約者とされている前記米満化学株式会社との間に供給契約の破棄に伴い合計二、四五八万七八三円の損害賠償を支払う約束をした事実もないのに、別紙保険金請求一覧表記載のとおり、恰も右各外国商社からの契約取消によつて契約額合計一億二、一七三万六、三〇四円を受取ることができなくなるとともに右米満化学株式会社に対する賠償支払の約束によつて株式会社平岡では二、四五八万七八三円の損失を被つたので普通輸出保険約款に基づきその損失額の一〇〇分の九〇に該当する各保険金の請求をなす旨記載した請求額合計二、二一二万二、七〇五円五五銭の保険金請求書六通を、米満化学株式会社作成名義の、同社が株式会社平岡に対し前記損害金二、四五八万七八三円を請求する旨を記載した内容虚偽の請求書および同社が右以外の請求権を放棄する旨を記載した内容虚偽の契約破棄協定書その他添付書類とともに提出し、さらにその後株式会社平岡が米満化学株式会社に対して右損害金を支払つたように装つた同社名義の虚偽の領収書六通を追加提出し、よつて右振興部長生駒勇をして、真実株式会社平岡に右請求どおりの損害が発生したものと誤信させ、同年一二月二二日同省において同振興部長から普通輸出保険金名下に額面二、一二五万二、三七五円、振出日右同日、振出人右同人の小切手一通の交付を受けてこれを 取し
第二、 被告人稲留耕一は、昭和三六年四月頃、前記増田実や三宅栄二から、株式会社平岡がレーヨンスニーカーなどに輸出保険を掛けているが、この輸出保険金を請求するについては、メーカーに対し発注を破棄して損害を支払つたことにしなければならないので米満化学株式会社の損害金領収書などを出してほしい旨の依頼を受け、その旨を被告人洪興福及び同丸田俊子に伝えてその応諾を得、ここに右被告人ら三名は共謀のうえ 前記平岡信生らが輸出保険金を詐取するのに利用するものであることを知りながら、同年五月から九月頃までの間に、前記増田実や三宅栄二から指示される都度、米満化学株式会社名義の、製産中止承諾書、第一記載の契約破棄協定書、請求書(各一通)、領収書六通を作成したうえ、株式会社平岡神戸営業所において前記増田実にこれらを交付し、もつて平岡信生らが第一記載のとおり輸出保険金を騙取することを容易にしてこれを幇助し、
第三 被告人平岡信生、同伊東吾一郎、同岡島智康は、共謀のうえ、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上脱漏等の不正経理をして所得を秘匿したうえ、昭和三六年三月一日から同三七年二月二八日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が一億三、四六一万三、五八一円でその法人税額が五、〇八〇万六、八二〇円であるにもかかわらず、同三七年四月三〇日東京都千代田区神田錦町三丁目二一番地所在所轄神田税務署において、同税務署長対し、同事業年度の所得金額が七九一万七三〇円でこれに対する法人税額が二六六万一、〇〇〇円である旨の虚偽過少の確定申告書を提出し、正規の右法人税額と右申告税額との差額四、八一四万五、八二〇円納付せず、もつて同額の法人税をほ脱し、(なお、実際所得額、ほ脱所得の内容、税額計算は別紙修正貸借対照表、「ほ脱所得の内容」および「税額計算表」記載のとおり)
第四、 被告人中村秋典は、
一、 昭和三八年一〇月頃、被告人三宅栄二の依頼を受け、東京都千代田区霞ヶ関三丁目一番地所在の前記輸出統計班事務室において、二回亘り、自己が業務上預り保管中の国所有にかかる部外持出禁止の輸出インボイス数綴(合計約二千枚)をほしいままに被告人三宅に交付し、もつてこれを横領し
二、 冒頭記載の職務に関し右のような不正の行為をしたことに対する謝礼の趣旨で被告人三宅栄二から供与されるものであることを知りながら、
(一) 同三八年一二月始め頃、前記輸出統計班事務室において、現金一万円を収受し、
(二) 同三九年二月一九日頃、同都港区芝田村町三丁目四番地所在飲食店「平家」こと渡辺礼三方において、現金一万円を収受し、
(三) 同三九年三月頃、自己がバー「セリナ」において飲食遊興した代金の支払方を被告人三宅に依頼し、同人をして同年一〇月一日頃 前記株式会社平岡本社事務室において、右代金の立替払いをしていた女給吉村しづ江に対し、その一部として金二万円を支払わせ、もつて同額の債務の支払を免れ財産上上の利益を収受しもつて職務上不正の行為をしたことに関し収賄し、
第五、 被告人三宅栄二は、第四、の一記載のとおり被告人中村が自己の依頼を受けて職務上不正の行為をしたことに対する謝礼の趣旨で被告人中村に対し
一、 第四の二、(一)記載の日時、場所において、同記載の現金一万円を供与し
二、 第四の二、(二)記載の日時、場所において、同記載の現金一万円を供与し、
三 第四の二、(三)記載の日時、場所において、同記載のとおり、被告人中村の依頼に基づきその飲食遊興代金の一部として金二万円を代つて支払い、同人に同額の財産上の利益を供与し、もつて被告人中村が職務上不正の行為をしたことに関し贈賄し、たものである。
(証拠の標目)
第一、第二、の各事実につき
一、 被告人平岡信生の昭和四〇年一月一四日付、一月一七日付一月二五日付各検察官調書
一、 被告人三宅栄二の同年一月一〇日付、一月一一日付、一月一三日付、一月一四日付、一月一七日付、一月二五日付、一月二六日付、二月四日付、二月一〇日付各検察官調書
一、 被告人滝口譲の検察官調書八通
一、 被告人増田実の検察官調書八通
一、 被告人洪興福の検察官調書八通
一、 被告人稲留耕一の検察官調書一一通
一、 被告人丸田俊子の検察官調書五通
一、 昭和四一年五月九日公判調書中証人加藤準、同高島定の各供述部分
一、 生駒勇、識畑貞蔵、伊東正、寺内重信(二通)豊田美郷、村上勇(二通)、坂元直彦の各検察官調書
一、 支出決議書類一綴(昭和四一年押第三七〇号の一)、普通輸出保険申込書綴二綴(同号の二、三)、保険期間延長契約申込書七枚(同号の四、五、六)、小切手一枚(同号の八)製産中止承諾書一通(同号の九)、契約破棄協定書一通(同号の一〇)、領収書六通(同号の一一の1ないし6)
第三の事実につき
一、 被告人平岡信生、同伊東吾一郎、同岡島智康の当公判廷における各供述
一、 被告人平岡信生の昭和四〇年一月一八日付検察官調書(二、四項を除く)
一、 同人の同年一月二七日付検察官調書(二、四ないし六項を除く)
一、 被告人伊東吾一郎の検察官調書七通(一月四日付三項、一月一六日付二、三項を除く)
一、 被告人岡島智康の検察官調書三通
一、 同人作成の昭和三八年一二月二六日付上申書
一、 証人杉浦重明、范国平、西村武治、河地勇吉の公判廷における各供述
一、 木本尚、葉山茂、深田鉱太郎、福井友之、石川和勇、范国平、西村武治(一月二一日付)の各検察官調書
一、 別紙「ほ脱所得の内容」証拠欄記載の各証拠
第四、第五の各事実につき
一、 被告人三宅栄二の公判廷(昭和四二年三月六日、同月三〇日)における供述
一、 同被告人の同四〇年一月一九日付、一月二〇日付、二月二日付、二月一七日付各検察官調書
一、 被告人中村秋典の検察官調書六通
一、 同四一年五月一七日公判調書中証人石井光彌、同吉永一郎の各供述部分
一、 証人渡辺薫の当公判廷における供述
一、 山本重信作成の回答書
一、 渡辺和男(三通)、山下英明の各検察官調書
一、 渡辺礼三、吉村しず江、村松政隆、片山実の各検察事務官調書
一、 通関済インボイス一綴(同号の七〇)
通関済インボイス二枚(同号の七一の一、二)
輸出インボイス受理簿(同号の七三)
(当事者の主張に対する判断)
一、 被告人洪、同稲留、同丸田に対する詐欺の訴因について検察官は、右被告人らが判示第二記載のごとき各行為をしたことのほか、昭和三六年一二月末平岡側が保険金を受領した後右被告人らが平岡側から現金四三〇万円位を謝礼として受取つていることを根拠として平岡側との本件詐欺の共謀共同正犯を主張しているが、右被告人らの当公判廷における各供述および各検察官調書その他関係証拠を綜合すると、右被告人らが本件詐欺について判示のような加巧を求める平岡側の申出を受容したのは、第一に株式会社平岡が米満化学株式会社最大かつ主要な得意先であるので企業経営上の配慮から右申出を拒否することがむずかしかつたためであり、第二に、発覚のおそれがないと告げられ、かつ数百万円の謝礼を約束されたためであること、さらに本件詐欺の発案、計画、実行はすべて平岡側においてなされ被告人らはこれらに一切参画せず、求められる都度判示第二に記載した各文書を作成して平岡側に交付したものであることが認められ、これらの事実によると、右各被告人らには本件詐欺を遂行するについて犯罪主体としての意思がなかつたといわなければならない。たしかに、被告人らの所為は、本件詐欺の実行上、重要な所為ではあるが、加巧行為が犯罪実行上重要なものであるか否かは共謀共同正犯における主体的意思に関する一つの徴表に過ぎず、これ自体が直接、共謀共同正犯の成否を決めるものではないし、同様の理由から前記金銭受領の事実も右認定を動かすものではない。
結局、以上の事実関係のもとでは、右被告人らについて本件詐欺の共謀共同正犯の成立を認めることができないので、判示のとおり従犯と認定する。
なお、弁護人向江樟悦は、当時米満化学株式会社が全受注量の八〇%ないし九六%を株式会社平岡に負つていた事情を根拠として、被告人洪らに平岡側の本件加巧の申出を拒否することすなわち適法行為を期待すべき可能性はなかつた旨主張するが、理由がないので採用できない。
二、 井上商会勘定について
弁護人らは井上商会は株式会社平岡と井上こと范国平との匿名組合であり同商会名義でした不正輸出による所得の帰属主体は株式会社平岡ではないから、右所得三、五〇〇万円余を本件ほ脱所得に計上してはならない旨主張する。
証人范国平、同西村武治の当公判廷における各供述福井友之、小川善三の各検察官調書、西村武治の昭和四〇年一月二二日付検察官調書、被告人岡島智康の同三九年一二月二二日付検察官調書を綜合すれば、一、昭和三五年六月頃、株式会社平岡の輸出品目であつたトランジスタラジオの輸出について数量規制がとられ同社の割当数量が少なかつたことから、被告人平岡は、その打開策として、かねて金銭上の面倒をみていた井上こと 国平が以前井上商会名義で輸出業を営んでいたことを利用し、右井上商会名義で表向きホームラジオの輸出を装い中味をトランジスターラジオにすり替えて輸出することを考え、范国平との間に、右不正輸出が露見した場合は范国平において犯罪責任を一切負い株式会社平岡の名は出さないかわり、不正輸出による利益の二五%を同人に与えることの約束をしたうえ右業務を開始したこと、二、右不正輸出業務活動の重要部分すなわちバイヤー交渉、書類作成、船積事務、通関手続、経理事務等はすべて株式会社平岡の社員が同社事務所において兼務担当し、范国平は仕入関係事務の一部を担当したが、平岡側社員らはこれらの事務について特別手当を支給されることなく、范国平は、毎月三万ないし五万円を支給され右不正輸出に関し最終合計六〇〇万ないし七〇〇万円を受領したこと、三、右不正輸出業務の資金はすべて株式会社平岡が支出し、仕入代金の支払、売上代金の入金は協和銀行神田支店井上平名義の当座預金口座を通して行なわれ、同口座の管理は被告人平岡が行い、范国平はこれに全く関与していなかつたことが認められ、以上の事実によれば、右不正輸出業務は株式会社平岡のいわゆる裏営業でありその利益の帰属主体は同社であるといわなければならない。よつて弁護人の右主張は採用できない。
三 協和銀行神田支店滝口登名義当座および普通各預金口座について
弁護人らは、右各預金は、滝口登名義の保険代理業の収入を預入れていたものであるが、右事業は、滝口登と被告人平岡との共同事業であり、しからずとするも被告人平岡個人の事業であるから右各預金を被告会社のほ脱所得に計上してはならない旨主張する。
証人西村武治の当公判廷における供述、同人作成の上申書、高津敬二作成の銀行調査書類によれば、被告人平岡は、従前その実弟平岡光生名義で、被告会社が被保険者となる海上保険等の保険代理業を始め、被告会社内でその社員に右代理業務を処理させてきたが、平岡光生が同社の専務取締役に就任し同人名義でこれを行うことができなくなつたので、知合の滝口登の了解を得て、同人名義で右業務を継続することにし、従前同様社員西村武治にその事務処理をさせ、昭和三六年一月三〇日右当座預金口座を、同年二月二日普通預金口座を開設し、右業務による収入を右当座に入れたうえ、手数料を遂次右普通口座に振替えていたこと、滝口登はこれらの事務に一切関与せず被告人平岡から六、〇〇〇円を貫つたに過ぎないこと、被告人平岡は右普通預金から毎月四万ないし五万円を引き出し、同年一二月からさらに五、〇〇〇円を追加しこの分を西村に与えていたが、当期末の各預金残中少なくとも七八万五、〇〇〇円余は純利益分でありこれが翌期中に解約処理されていることが認められる。そして被告人平岡、西村の毎月の取得額について、前記西村上申書では、取扱者給料すなわち経費として仕訳されているが、右純利益の使途を明らかにした証拠はない。右のごとき発足の経緯、事務処理状況、利益処分状況等を綜合して判断すると、被告人平岡には当初より本件保険代理業を個人的に独占経営する意思はなく莫大な海上保険に伴う保険手数料をみすみす社外に逸出させることを避けるために行なつた被告会社の業務の一部と認めるのが相当であり、これと異なる弁護人らの主張および被告人平岡の供述は採用できない。
(情状)
一、 被告人平岡、同三宅につき
本件詐欺の所為は、輸出保険制度を利用し、約一年間数次に亘たり虚偽内容の文書を作成したり、一部文書の偽造までして通産当局を欺罔したものであつてその手段は周到綿密であり、被害の点も、全額弁償されたとはいえまことに多額で詐欺犯としては悪質な犯行であつてその社会的影響もはなはだ大きい。被告人平岡は個人会社的色彩のつよい被告会社の社長の地位にありながらこれを首謀し、社員をも犯行に引き入れたものであり、被告人三宅は、犯行の手段方法を立案計害して自ら実行に当つたものであつて、被告人らの罪責は極めて重いといわなけれはならない。被告人らは当公判廷において、その動機として米国におけるA・S・P関税制度の不当な拡大実施によつて弱少輸出企業である被告会社が多大の損失を受ける危険にさらされたため、将来発生するかも知れない損害を慮つて本件犯行に及んだ旨を供述するが、右事情それ自体は理解できるにしても、右危険が去り犯行を断念する余裕が充分にあつたことを考えると、これをもつて被告人らの罪責を軽減すべき事情とみることはむずかしい。もとより被告人らが犯行発覚後四年有余の間悔悟と自責に苦しんだであろうことは察することができるし、再犯の虞が極めて少ないことも認められ、また一時的であるにもせよ社長を失うことによつて株式会社平岡の存亡を危惧する社員らの心中を想うと偲び難いものがあるが、これら一切の有利な情状を斟酌しても、その罪責は実刑の回避を許さないのである。よつて、一切の情状を考慮し、主文のとおり量刑する。
二、 被告会社の逋脱について
判示認定のとおり、本件ほ脱税額は多額であるが、ほ脱所得の内容は、不正輸出等の不正行為による所得や船会社からのリベート等のごとく、所得発生の原因行為自体に公表経理を憚る事情があつたものと青色申告承認取消による所得増加分が、その大半を占めており、専らほ脱を企図した通常のほ脱犯とは犯情を異にするものがある。主文の量刑がほ脱結果に比して軽いのは右の事情による。
(法律の適用)
被告人平岡信生の判示所為中詐欺の点は刑法六〇条、二四六条一項に、法人税法違反の点は、昭和四〇年法律三四号附則一九条同法律による改正前の法人税法四八条一項刑法六〇条に該当するところ、後者につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は確定裁判(昭和四一年三月三日、横浜地方裁判所宣告、懲役二月および三月二年間執行猶予)を経た輸出入取引法関税法違反の罪と同法四五条後、前段の併合罪であるので、同法五〇条によりさらに裁判することとし、同法四七条、一〇条により重い詐欺罪の刑に併合加重した刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、未決勾留日数の本刑算入につき同法二一条を適用する。
被告人三宅栄二の判示所為中、詐欺の点は同法六〇条、二四六条一項に、贈賄の点は同法一九八条一項、一九七条の三、二項、罰金等臨時措置法三条に該当するので、後者につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるので同法四七条、一〇条により重い詐欺の罪の刑に併合加重した刑期範囲内で同被告人を徴役二年に処し、未決勾留日数の本刑算入につき同法二一条を適用する。
被告人滝口譲、同増田実の判示所為は、同法六〇条、二四六条一項に該当するところ、被告人滝口については右は確定裁判(昭和四一年三月三日横浜地方裁判所宣告懲役六月二年間執行猶予)を経た輸出入取引法関税法違反の罪と同法四五条後段の併合罪であるので同法五〇条によりさらに裁判することとし、所定刑期の範囲内で被告人らをそれぞれ懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用し、本裁判確定の日から二年間右各刑の執行をそれぞれ猶予する。
被告人洪興福、同稲留耕一、同丸田俊子の判示所為は、同法六〇条、六二条一項、二四六条一項、(共同従犯)にそれぞれ該当するので、いずれも同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期範囲内で、被告人洪、同稲留を懲役一〇月に同丸田を懲役八月にそれぞれ処し、情状により同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から二年間右各刑の執行をそれぞれ猶予する。
被告人中村秋典の判示所為中業務上横領の点は同法二五三条に、各加重収賄の点は同法一九七条の三、二項に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条、一四条により、最も重い判示第四、二、(三)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、加重収賄にかかる各賄賂は没収することができないので同法一九七条の五によりその全部の価格を同被告人から追懲する。
被告会社の判示所為は、昭和四〇年法律三四号附則一九条同法律による改正前の法人税法五一条一項、四八条一、二項に、被告人伊東吾一郎、同岡島智康の判示各所為は、同法人税法四八条一項刑法六〇条にそれぞれ該当するところ、被告人岡島につき右は確定裁判(昭和三八年三月二七日東京地方裁判所宣告懲役三月一年間執行猶予)を経た傷害等の罪と刑法四五条後段の併合罪であるから同法五〇条によりさらに裁判することとし各被告人らにつき所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で被告会社を罰金一〇〇〇万円に、被告人伊東、同岡島を各罰金一〇万円にそれぞれ処し各換刑処分につき刑法一八条を適用する。
訴訟費用のそれぞれの負担につき各刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用する。
よてつ主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 守谷芳 裁判官 吉永忠 裁判官 鈴木悦郎)
(一) 被保険輸出契約一覧表
<省略>
(二) 普通輸出保険契約及びその延長契約一覧表
<省略>
(三) 保険金請求一覧表
<省略>
修正貸借対照表
株式会社 平岡 昭和37年2月28日
No.1
<省略>
No.2
<省略>
<省略>
No.3
<省略>
逋脱所得の内容
No.1
<省略>
税額計算書
<省略>